「うつ病歴20年目」のオジサンの闘病日誌です!「うつ病」かなって思ったら…!「うつ病」になっちゃったら…!「うつオジサンの闘病日誌」を読んでみてください!何かのヒントになるかもよ!

「夢のお話」 第30話 ~「僕たちスクール・ウォーの結末」~「そして巡礼の旅へ」~

私は、眠れない夜を過ごし、明け方に眠りについたとき夢を見ます。
それらの夢の中には面白いものがたくさんあり、私一人で味わうのが勿体ないと思っています。
そこで、このブログで紹介しています。

今回のタイトルは、『僕たちのスクール・ウォーの結末~そして巡礼の旅へ』です。
今回の「夢のお話」は、第二十九話「僕たちのスクール・ウォー」の続きでした。
「夢の続き」を見ることは、稀なことですが、きっと昨夜「僕たちのスクール・ウォー」を読み返したからだと思っています。

「僕たちのスクール・ウォーの結末」…!

「僕たちのスクール・ウォー」は、既に終わり、学校には平静が訪れていました。
現在は、学校・PTAを始め、教育委員会、警察・自衛隊、さらに政府まで巻き込んで、検証を行っているところです。
生徒たちの聴取は終わっていますが、誰もが皆、うっすらとした記憶しか残っていません。
「夢の中」にいるような感じだったとか。
僕は、早々に死んでしまったので、その後のことは知りようもありません。

そして、「僕たちのスクール・ウォー」の検証では、核心に話が及びました。
なぜ、生徒たちは、校庭に引かれた白線で、二つに分かれて戦ったのか?
なぜ、生徒たちは、たくさんの銃器を手にすることができたのか?
なぜ、教師たちは、何もできなかったのか?どこにいたのか?
なぜ、警察も自衛隊も、学校周辺に入れなかったのか?
そして、標的となった “副生徒会長” と “学校の一番のワル” は、どこにいたのか?

まあ、このようなことです。
(「夢のお話」なので、理由なんてないんですけどね。)

僕はと言えば、生徒10人を連れて学校の裏手に要塞みたいなものを作りました。
それから、すぐに向かいに相手側が作った要塞との銃撃戦が始まりました。
そして、僕たち10人の中の一人が銃撃されました。
それに怒った僕は、飛び出していき、銃撃されて確か死んだはず…でした。

どうやら、女子生徒たちの必死の看護で、僕の命が救われたみたいです。

もしも、このようなことがあったなら、僕は真っ先に死んでしまうタイプだと思っていましたが、どうやら違ったみたい。
(これは、現実世界でも思っていることです。)
取り敢えず、良かった良かった…!

「巡礼の旅へ」…!

僕は、生きていたことが信じられませんでした。
それは、とても有難いことだと思いました。
また、亡くなった他の生徒たちに、申し訳ないという気持ちも湧き上がってきました。

そして、そこで、あることを思いつきました。

「僕たちのスクール・ウォー」で亡くなった生徒たちのお墓を “巡礼” して回ることです。
“巡礼” って大げさなものはなくて、ただのお墓詣りなのかもしれませんが…!

そして、僕はある物を持っていこうと考えました。
それは「水」です。「水」をお供えしようと思ったのです。
「僕たちのスクール・ウォー」での “喉の渇き” だけは、何故かはっきり覚えていて、きっと亡くなったみんなもそうだっただろうと思ったからです。

「僕たちのスクール・ウォー」で亡くなった生徒は、数十人です。
その一人一人のお墓を回ろうと考えて、僕はすぐに実行に移しました。

僕は、一軒一軒回って、紙コップにきっちり300mlの「水」をお供えして、ただ手を合わせました。
なぜ、300mlなのかって言うと、200mlじゃあ、喉の渇きは潤わないと思ったからです。

また、村上春樹さんの「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」に出てくる “多崎つくる” さんのようなポーズは取りませんでした。
ただ、ひたすら300mlきっちりの「水」をお供えして、手を合わせるだけです。

しかし、なかなか順調には進みませんでした。

ある家では、その学校の生徒だと分かると、「水」をお供えするどころか、逆に顔に「水」をかけられたり、ドアを開けてもらえなかったり、怒鳴られたり、お説教をされたりもしました。
逆に、「僕たちのスクール・ウォー」の詳しい話を聞きたがるご家族もいました。

また、重たい「水」を背中に背負っての “巡礼” なので、進むにつれて体はガタガタになっていきました。

それでも、僕は “巡礼” を止めませんでした。
亡くなった生徒、数十人すべての人に、300mlきっちりの「水」をお供えして、手を合わせられるまで…。

「夢の終わり」…!

私が見た夢はここまでです。
いつものように、夢で見た映像を文章にするために加筆していますが、ストーリーは変えていません。

これまでの「夢のお話」を振り返ってみると、ときどき「夢の続き」を見ていることが分かります。
翌日のこともあれば、しばらく日にちが経ってからのこともあります。
「夢」とは、本当に不思議なものです。

それにしても、「僕たちのスクール・ウォーの中の僕」が生きていたとは…。
私は、てっきり「死んだ!」ものと思っていましたわあ。
私は「夢の中」で死んだことが、ずっと気になっていました。
まあ「夢の中」では銃撃を受けて、意識が薄れていったとしか書いてありませんからね。
それにしても、私が生きていて良かった良かった…!

最近は、「インチュニブ1mg」というお薬を追加で服用しているためか、寝付きが良くなり、明け方まで眠れないことが少なくなってきました。
寝付きが良くなったのは良いことですが、「夢のお話」があまり見られなくなったのは、少し淋しいです。

今日のように、何度か目が覚めて、その最後の眠りについたときに、この「夢」をみました。
これからも、こんな感じで面白い「夢のお話」が見られたらいいのですが…!

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