「うつ病歴20年目」のオジサンの闘病日誌です!「うつ病」かなって思ったら…!「うつ病」になっちゃったら…!「うつオジサンの闘病日誌」を読んでみてください!何かのヒントになるかもよ!

「夢のお話」 第31話 ~神の象~

私は、眠れない夜を過ごし、明け方に眠りについた時に夢を見ます。
その夢の中には面白い物が多く、一人で味わうのが勿体ないと思っています。
そこで、このブログで紹介しています。

今回のタイトルは、「神の象」です。

僕は、出版社の編集部で働く25歳。名前は生田峻祐。

毎日毎日、山積みされた原稿に囲まれて仕事をしています。

文字を見るのもいい加減ウンザリです。

そんなある日のこと、タイへの出張の話しが編集部で持ち上がりました。

僕は、「誰かが行くだろう。」と単純にそう思っていました。

しかし、意外にも誰も手を上げません。

カメラマンとアシスタント、通訳などは既に決まっているそうです。

文字を見るのもウンザリしていた僕は、思い切って手をあげてみることにしました。

この時には、あんな過酷な取材になるとは思いもしていませんでしたけどね。

誰も手をあげなかったのは、みんな取材内容の過酷さが分かっていたからです。

この会社では、ある時期(5年ごと)になると、このタイへの出張の話が決まって持ち上がります。

何度か出張まではこぎつけても、肝心の「取材対象」に出会えた人はいません。

タイに出張しても、過酷なジャングルでの登行に途中でギブアップする人が多いのだそうです。

そのため、誰も手をあげなかったのです。それはそうですね。

僕は出版社に入社してから3年しか経っていなかったので、その「取材対象」についてまったく知りませんでした。

また、その取材対象が「神の象」だなんて知る由もありません。

「神の象」に会うためには何日も何日も山の中のジャングルをかき分けて歩くことになるのですから。

通訳と案内人は、現地の人で、カメラマンとアシスタントは前回のタイ出張に同行した経験者です。

カメラマンとアシスタントは、もしも誰かが手をあげたとしても、「神の象」に出会う前に音を上げるだろうくらいにしか考えていなかったみたいです。

僕は、「神の象とは何なのか」を知ることから始めなければなりませんでした。

「神の象」ではなくて、「神の像」の間違いではないのかと思ったくらいです。

僕が手をあげた翌日、会議室で僕と編集長の横井さんと、カメラマンの井出さん、アシスタントの東さんとで話し合いが行われました。

編集長の横井さんは、「どうせ今年のタイ出張もボツになる。」と決め込んだかのような話し方で、僕を諭すかのように話を始めました。

カメラマンの井出さんは、我が社に雇われているフリーのカメラマンで、アシスタントの東さんは同じくフリーの自称「探検家・冒険家」です。

彼らのスキルは、僕も社内で聞いたことがあるほどのスペシャリストです。

カメラマンの井出さんもアシスタントの東さんも、僕を見てすぐに、「今回の取材はないな。」と感じたに違いありません。

編集長は、運ばれてきたコーヒーを一口飲んでから「神の象」についての話が始まりました。

僕は少しだけ何かを期待するかのように、そして編集長の話に聞き逃さないために、テーブルに肘をつき体を前に出すようにして聞きました。

「『神の象』は、タイの山奥にいると言われている象のことで、現地の人たちからは神として崇められているんだそうだ。」、そして続けて、

「ここしばらくは、現地の人でさえ『神の象』に会ったことのある人はいない。すでに死んでしまったかもしれないのだが、我が社では5年ごとに追跡取材を行ってきたんだ。」、と言うとまたコーヒーを一口飲みました。

「井出さんも東さんも独自に取材されてきたそうだが、いまだに出会ったことはないそうだ。」と声の調子を落としながら話しました。

カメラマンの井出さんも、「今回は取材に連れて行っていただけると期待していましたが、どうやら実現しそうにありませんね。」と言うと、東さんも黙って頷きました。

…、と言うことは、僕なんかでは役不足ってこと!

僕は、何だかしっくりこなくて、そして少し悔しくて、

「どうして『神の象』を取材することになったんですか?」と、編集長に尋ねてみました。

すると、編集長は少し驚いた顔で、

「何でも我が社の亡くなった会長が、日本とタイとの間で結ばれた何だったか、……そうそう戦前に『友好関係の存続及び相互の領土尊重に関する日本国タイ国間条約』だったと思うけど、それが東京で調印されたことに関係されていて、長くタイに駐在されていたんだそうだ。」と携帯で難しい条約名を調べたことを加えながら言うと、コーヒーがなくなってしまったことに気づいて、電話で新しいコーヒーを持ってくるように伝えてから、

「当時の東南アジアは、欧米の植民地だったことは知ってるだろう。でもタイは唯一の独立国家だった。そして日本の友好国でもあったんだ。その辺りのことは私も詳しくは知らないんだけど、欧米との戦いの最中、『神の象』が現れて会長の命を救ってくれたことが始まりなんだそうだ。」と言ってから、

「難しい話になってきただろう?これは我が社の伝統というか宿命なんだ。『神の象』を見つけ出すことが…。」と言うと、新しく運ばれてきたコーヒーを口にしました。

僕はあることを疑問に思い、誰とはなしに聞いてみました。

「象の寿命ってどのくらいなんですか?まだその『神の象』は生きているんでしょうか?」、と。

「象の寿命は、だいたい60から80年くらい。人間と同じくらいかな。」とアシスタントの東さんが教えてくれました。

僕はさらに、

「だったらその『神の象』はもう死んでるんじゃないですか?」と聞いてみました。

すると編集長が、

「会長を助けてくれた『神の象』は恐らくもう死んでいるだろう。でもその子孫がいるはずなんだ。その『神の象』の子孫を探すんだ。」とのこと。

僕はさらに、

「でも『神の象』の子孫かどうかなんてどうやって分かるんですか。」と尋ねると、

アシスタントの東さんが、少しにこやかな表情になって、

「誰でもそう思いますよね。でもね、『神の象』は何百年にも渡ってタイの現地の人たちから神と崇められてきたんですよね。」と言い、僕がさらに何か言おうとしたところで、編集長から、

「だったら君が『神の象』を探してみたらいい。君だって一目見たら『神の象』の子孫だってことがすぐに分かるはずだ。」…。

カメラマンの井出さんとアシスタントの東さんは、最初に僕と合ったときの印象が、だんだんと違って見えてきたのか、井出さんは、

「生田さん、3人で探してみませんか?」と言いました。

僕もそれがこの出版社に入った宿命に思えてきて、黙って頷いていました。

アシスタントの東さんが、

「生田さんは体力に自信がありますか?」と聞かれたので、それに答えようとしたところ、編集長が先に、

「こいつは体力だけが取り柄なんですよ!西都大サッカー部出身なんですから。」と言うのを聞いて、カメラマンの井出さんもアシスタントの東さんも少し安心したような笑顔になっていました。

1週間後、僕とカメラマンの井出さん、アシスタントの東さんはタイのバンコクにいました。

現地の通訳・案内人と落ち合い、食料や必要なものを調達し、『神の象』が住むと言われる山奥を目指して歩みを進めました。

バンコクを車で北西部に行き、ミャンマー(旧ビルマ)との国境近くのターク県をミャンマー沿いに北へと向かい、ラムプーンという古都に到着しました。

ここまでは観光地や寺院などが数多く点在しているので、まるで観光旅行気分でした。

しかし、タイは高温多湿でとにかく暑い。

暑さに弱い僕は、このまま車から出たくないと思えるほどでした。

しかし、ここで車を降りて、僕たちはいよいよ山岳地帯のジャングルを登行することになります。

車を降りるとミャンマー方面に向かって西へ西へと進みました。

しばらくは平地を進んでいたので、「こんなものか、楽勝楽勝!」と心では思っていました。

それから数時間歩いて、初日に野営する場所に着きました。

久しぶりに長く歩いたので、僕はすっかり疲れ果てて、食事も早々にテントで眠り込んでしまいました。

翌朝、腕にヌメヌメした感触がしたので目が覚めました。

ヌメヌメしたところを見るとナメクジが僕の腕を這っていました。

驚いた僕に、アシスタントの東さんが、

「そのくらいで驚いていたら、この先進めないよ。生田君。」と言われ、僕は

「全然大丈夫です。ちょっとびっくりしただけです。」と強がって見せましたが、僕はナメクジとか百足とか蛇とか、ジャングルの中にいそうな生き物全般が苦手だったということに、今更ながらに気づきました。

「そうだ、これくらい何でもないことにしよう。今回の取材だけは…。」

ささっと朝食を済ませると、また西の方角へ歩き出しました。

しばらく歩くと、段々と傾斜がきつくなってきて、山奥へ向っているんだということが分かりました。

カメラマンの井出さんが、

「ここからが本番だよ。生田君。頑張りましょう。」と励ましてくれました。

僕の「はい。」と言う声が届いただろうかと思うほど、僕の息は上がっていました。

少し開けた場所に着いたので、休憩を取ることになりました。

きっと僕の疲れ具合を見て、そうしてくれたんだと思います。

そこに、東さんが、

「生田君は、どうして今回の取材に来ようと思ったの?」と聞いてきました。

僕は、正直に

「最初の話し合いの時、編集長と井出さんと東さんが僕には無理だろうって感じの話し合いになっちゃってたから、少し悔しかったんです。」と言って、「それから、宿命を感じたんです。」と言うと、井出さんと東さんと通訳の3人は笑い出しいました。現地の案内人に通訳が説明するとその案内人も大笑いしていました。

僕は、「そろそろ出発しましょう。」と恥ずかしさを誤魔化すかのように言いました。

すると井出さんが、「さすが西都大サッカー部!」と言って僕を冷やかしました。

それから3日、山奥を西に向かったり北に向かったり、山を登ったり下ったり、ジャングルをかき分け川を渡り、ようやく『神の象』が最後に発見されたという川べりにたどり着きました。

そこには、たくさんの象の群れがいました。

「この中にいるんですか?『神の象』が…!」と僕が言ったことに対して、現地の案内人が、「『神の象』は群れでは生活しません。」と通訳を介して僕に教えてくれました。

「じゃあ、一体どこにいるんだろう?」

僕の考えを見透かしたように、東さんが、

「本当の探検は、ここからなんだ。」と、自称探検家・冒険家の目が少し輝き出した気がしました。

象の群れを眺めながら、「『神の象』は、他の象とどこが違うんだろう?編集著は一目見れば分かるって言ってたけど。」と、そんなことを考えていました。

現地の案内人が「そろそろ出発しましょうか。夜までに次の野営地に着きたいので…。」と言っているらしく、皆で重い腰を上げました。

夜の野営地に着き、僕は夕食もそこそこにして、毛布にくるまりぐっすりと眠りました。

あまりに気持ちよく眠ったので、夜中に目が覚めてしまいました。

これ以上眠れそうになかったので、テントの外に出てみることにしました。

外に出ると満天の星空に圧倒されて、僕は草むらに寝転んで星空を眺めていました。

あちこちで「ササッ」とか音がしても、今では慣れたもので全く気になりません。

今回の出張の最初の頃は、ちょっとでも「ササッ」と音がしようものならすごく怖がって、みんなをあんなにも笑わせていたのに…。

そんなことを考えていたときのことです。

少し離れたところを「ググッ、ググッ」と音を鳴らしながら進んでいる動物がいることを感じ取りました。

「あの音は、今まできいたことないなあ?」と思い、その音がする方へ近づいてみることにしました。今までであれば、一人でこんな行動をとることなんてありませんでした。

僕は、不思議と怖さを感じることもなく、その音がする方へゆっくりと近づいていきました。

その時です。「アッ」と思った瞬間に何かの穴に落ちていきました。

前に現地の案内人に聞いていた「落とし穴」かも知れません。聞いていた話では、周囲3mほどのかなり大きな「落とし穴」で、戦時中に作られたものらしいです。

昼間であれば、立て看板があってすぐに気が付いたのでしょうが、満天の星空と初めて聞いた「ググッ、ググッ」と音に気を取られて油断してしまったみたいです。

おまけに足を怪我したみたいで、痛くて動けずに穴から出られそうにありません。

「このまま朝までこの穴の中かあ!」と思いながら、このままで朝を待とうと決めました。朝になったら大声で助けを呼ぼうと思ったのです。

僕は、蛇がこの世で一番大嫌いなんです。

「蛇とか来ないでくれよなあ。」と、そんなことを考えていたときのこと。

「ググッ、ググッ」という音はどんどん穴の方に近づいてきました。

それもかなりの重たさのある感じの動物のようです。

「なんだろう。肉食獣じゃないよな。」って思うと、少しだけ怖さを感じました。

さらにその「ググッ、ググッ」という音と、低重音の足音が近づいてきました。

そして穴の淵のところで止まったみたいです。

僕は、身を縮めて息を止めて目を閉じて、じっとしていました。

すると、何かヌメっとしたものが僕をつかみ上げると、僕をあっという間に地上に引き上げてくれました。

僕は勇気を出して目を開けてみることにしました。

僕の目に映ったものは、満天の星空に照らされた「金色の象」でした。

それも何とも言えない神々しい姿をしていました。

少し離れたところにもう2頭いるようです。

2頭とも金色でしたが、そのうちの1頭はまだ子供の象のようで、可愛らしい仕草でこちらを見ています。

もしかしてこれが『神の象』?

編集長が一目見たらすぐに分かると言っていたのは、この金色の象だからだったのでしょう。

僕は、首からかけていた携帯で慌てて『神の象』の写真を1枚だけ映しました。

たくさん写すことは、なんだか恐れ多いように思ったのです。

僕が写真を写すと『神の象』たちは、また「ググッ、ググッ」という音を出しながら森の中に入っていきました。

僕は『神の象』に出会えたこと、1枚の写真を取れたことも忘れて、しばらくその場を動けませんでした。

頭の中が空っぽになるってこういうことを言うのでしょう。

日が昇り始めて、僕は痛めた足を引きずりながらテントへと向かいました。

そして、みんなに『神の象』に出会えたことを告げました。

でも、何故だか写真を1枚写したことは言えませんでした。

誰にも『神の象』の姿を見せたくはなかったのだと思います。

「どうして写真を取らなかったんだ?」って、みんなには叱られちゃいましたが、『神の象』が「金色の象」だったと言ったことで、僕が『神の象』に出会えてことは信じてもらえました。

それから2日後、僕たちは帰国しました。

編集長からも「どうして写真を取らなかったんだ?」って叱られちゃいましたが、タイに行ったみんなと同じように『神の象』が「金色の象」だったと言ったことで信じてもらえました。

そして、我が社の宿命でもある『神の象』の生存が確認できたことで、社長からも褒められちゃいました。

「さすが西都大サッカー部!」って社長からも言われたけど、どうして社長が知っていたんだろう?

ただし、その写真が取れなかったことで、マスコミに携わる者として僕の評価は少しだけ下がっちゃったみたいです。

でも、あの『神の象』の写真は、僕の大切な宝物です。

これからは大切にしまっておこうと思っています。

今回の夢は、久しぶりに超大作でした。短い短い睡眠時間の中なのに…。

それに最初から最後までストーリーを覚えていることができました。

こんな夢ならば、毎日でも見たいと思いますが、体が持ちません。

長い長い眠れぬ夜を過ごして、明け方に眠りについたときにしか見ることのできない「夢のお話」なのですから。

残念なのは、キャスティングが知らない人たちばかりだったことです。

普段なら有名俳優陣や身近な友人たちが見事なまでにキャスティングされます。

まったく知らない人も「夢」に出てくることがあるのですね。

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